言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から (一)

 いつの間にやら八十歳になりました。長いこと文学の創作に携わり、あと二年もすると六十周年を迎えます。

 なぜか元気です。肉体のほうはまあまあといったところですが、精神のほうは苦労性のせいなのか研ぎ澄まされる動きを止めません。二十三歳の春に結婚した二つ年下の妻と、今年で七歳になるタイハクオウムの「バロン君」と共に、代わり映えのしない分だけ幸福かもしれない、単調な暮らしをきょうもまただらだらとくり返しています。

 思うと、前半生は多趣味でした。オフロードバイクや大型犬や釣りや冒険旅行に明け暮れていました。でも後半生は、なんと庭造りに嵌まっています。かつてはバラ一色でしたが、今では野生種のツツジとワイルドローズとシャクナゲなどでまとめ、物する文学作品と同様に進化と深化の方向をめざしているつもりなのですが、はてさて完成はいつになることやら。

 そして今また、性懲りもなく冬のど真ん中に佇んでいます。温暖化のせいなのか積雪量が年々減ってきており、後期高齢者としてはかなり楽をさせてもらっています。除雪機の出動回数が少なく、屋根からの落雪の危険回数も大幅に減りました。

 それでも零下十度前後の気温はさすがに身に応えます。その一方においては芽吹きを待つ気持ちが募り、というか、今年が最後の花見になるのではないかという切ない焦りに駆られたりもします。

 たぶん、その反動のせいでしょう。凜とした夜明けの執筆では頭が異常なまでに冴え返り、言霊に限りなく近い言の葉が束になってどっと溢れ出ます。老いてもいいことはあるものだと、そう受け止めることにしています。

 寒さも峠を越えてきますと春への期待が日一日と高まってゆき、年甲斐もなく弾む心が寿命を延ばす動力源のように思えてなりません。

 命の糸が紡がれている限りは、悲しいまでに儚い一個の存在者として、より高きを目指す執筆者として、より癒しを求める作庭家として、過酷な世を生き抜くための、しかし肩ひじの張らない言葉や、花々がそっとささやきかけてくる言葉を、この田園地帯の片隅から、どこまでもさりげなく発信してゆくつもりです。聞くともなしに聞いていただければ嬉しい限りです。

 無数の蕾が、沈黙によって未来を語っています。

 厳冬に磨き抜かれた感性が、今この時の世の有り様を語りつつあります。

いぬわし書房

作家・丸山健二が主宰する出版社。丸山健二作品や真文学作品の出版、および丸山健二の活動状況をお知らせします。

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