「生き抜いてみせてやれば」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(二十九)

 カッコウの鳴き声は、ヒグラシほどではありませんが、胸に沁みる郷愁を伴っています。

 久しく忘れていた幼少時代のちょっとした感慨を蘇らせてくれ、思わずしばし聴き入ってしまいます。

 妻に訊いてみますと、都会育ちであるにもかかわらず同じ印象を持つとのことでした。かつては東京においてもカッコウやヒグラシの声は飛び交っていたそうです。

 時代が便利さを得た代わりに何を失っていったのかという、そんなささやかな会話が感無量に感じる歳を痛感したものです。

 そうした好ましい風情に彩られたカッコウではあるのですが、しかし、托卵という、ほかの鳥の巣に卵を産み付けて育てさせる、この上なく横着にしてえげつない習性の持ち主だとわかったときには、さすがに興醒めを覚えたものです。

 モズの卵より一足早く孵ったカッコウの雛が最初にやることは、ほか卵を器用に巣の外へ落とすことだそうです。つまり、自分だけモズの親に育ててもらう環境を整えるというわけです。本能として具わっている知恵なのでしょうが、一抹の恐ろしさを禁じ得ません。命というものの底知れない不気味さがひしひしと伝わってきます。

 ヤドリギや蔓性の植物や着生ランなどにもそれと全く同じ生命力が感じられ、時として人間社会においても限りなく近い現象が見受けられたりもします。

 それにしても私たちはいったいどんな世界に産み落とされたのでしょうか。そして、申し訳程度に与えられている理知の力をどう活用して生きるべきなのでしょうか。そもそもそれが可能なのでしょうか。

 そんな独言のたぐいはさておき、私の造った庭ではきょうもまたひしめく生命の葛藤がくり広げられており、咲いたの、咲かないだのという悲喜こもごもの展開がくり返されています。

 元気いっぱいのワイルドローズは、野生種の底力を存分に発揮して、我が世の春を謳歌しています。五葉系のツツジの変種たちが、法外な繁栄をめざして、枝と葉の数を増やしつづけています。その力強い振る舞いに圧倒された老いぼれ夫婦と、かれらが愛しんで止まないタイハクオウムのバロン君が、ただもう呆気に取られているばかりなのです。

「マダイキル ソレデモイキル」と鳴くヒグラシが、

 なんとも切ない真情を吐露しています。

 カッコウはカッコウで、

「ケッコウイキル イキルノハケッコウ」などと差し出がましい口を叩いています。

いぬわし書房

作家・丸山健二が主宰する出版社。丸山健二作品や真文学作品の出版、および丸山健二の活動状況をお知らせします。

0コメント

  • 1000 / 1000