「そこがほんとの居場所なの?」言の葉便り 花便り 北アルプス山麓から(三十一)
四方が田畑のせいで、いつしか自然林の様相を呈した我が庭が野生動物の集いの場や憩いの場と化しています。
といっても当初は昼間の庭の実態しか知りませんでしたから、寄ってくる生き物の数も高が知れていると思っていました。ところが、あれは夕方だったでしょうか、まったくの偶然で、眼前を横切って行くキツネの姿を見かけたのです。もちろん雪面に残された足跡によってさまざまな獣が訪れていることは重々承知していました。
どんな星の巡り合わせなのか知りませんが、都会育ちの妻の子どもの頃からの夢は、山で暮らしながら野生動物と触れ合うことだったのです。どうやら私の運命は彼女のあまりに童話的な願望に引きずられて動いていたようです。
というのも、私は小説家になって初めて静かな環境の必要性を感じ、その結果として地方へ仕事場を移し、経済的なさまざまな事情に振り回されたあげく、たまたま現在の住所に定めたにすぎず、けっして自分で望んだわけではないからです。
つまりは妻の願望に沿って私の人生が影響されたというわけです。くり返しますが、静かな空間を得られるのであればどこでも構わなかったというのが偽らざる本音なのです。
それなのに現実は、あろうことか、住民の人間性をも含めて、どんな風土であるのかをわかり過ぎているために移住など考えたことすらないこの地に定まってしまいました。
ために、移り住んだばかりの十数年間は、どこかほかの未知なる田舎への移住を幾度となく真剣に考えたものです。残念ながらこれまた収入の問題で動くに動けず、気づいたときにはもう定住が固定化されていました。
しかし、妻にとってはまさにもっけの幸いで、庭が発展するにつれて訪れる動物の種類が増えたと知るや、待ってましたとばかりにかれらとの接近を図ったのです。手っ取り早く餌付けによってじりじりと距離を縮めてゆき、しまいにはキツネが手を伸ばせば届きそうなところまで寄ってくるようになりました。タヌキも然りです。
テンを窓ガラス越しに初めて目撃したときの感動といったらありません。全身を包むふわっとした毛が黄金色に輝いており、その神々しさにいたく心を打たれたものです。
その瞬間私は、土地柄や風土といったじめじめした問題はさておき、ここで暮らすのもそう悪くはないかもしれないと思うようになりました。
子連れのキツネが言いました。
「あんたの居場所はここ以外にないぞ」
まだ若いタヌキが言いました。
「どこへ行っても同じことさ」
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